ステンドグラス史研究家 田辺千代さん(78)青森

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ステンドグラス史研究家 田辺千代さん(78)青森

田辺千代(たなべちよ)さん(78)は、青森県中泊町の旧家・宮越邸に、ステンドグラス作家・小川三知(1867~1928)の作品があるのを突き止めた。16年前のことだ。傑作の存在を確信し、根気強く調査を重ね掘り進むような作業だった。たどり着いた作品は、津軽半島の真ん中で100年もの間、風雪に耐え、無傷で残っている。「国宝級」と最大の評価をする。

写真・図版

十三湖を描いた円窓のステンドグラス作品と田辺千代さん=青森県中泊町の宮越家、帆江勇撮影


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写真・図版

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 2004年2月、小川三知の遺族から提供された日記の写しに、「青森県北津軽郡 宮越邸」とあるのが目についた。発注者とのやりとりの記述も。「相当に力を入れた作品があるに違いない」。横浜中央図書館に4日間通い、青森県の電話帳から合併前の村名に該当する地域を選び、「宮越」姓をたどって、ステンドグラスの存在を尋ねる手紙を約30通出した。返事は一通もなかった。しかし、あきらめない。当時の中里町教育委員会に電話した。受けたのは、学芸員で現在は中泊町博物館長の斎藤淳さん。「ありますよ。現存します」。いとも簡単な返事に驚き、小躍りして喜んだ。「見つかった。とうとう見つけた」とノートに走り書きした。

 5カ月後、宮越家を訪ねた。当時の当主、靖夫さんと妻恵美子さんらが、離れ「詩夢庵」に案内した。最初に入った12畳の座敷で、息をのんだ。4枚のガラス障子に、アジサイ、コブシ、ケヤキが施され、四季を庭の借景と共に愉(たの)しめる構図だ。「年月を重ね、風雪をくぐり抜けてきた品格を感じ、その気品に圧倒されました」

 廊下の円窓は、湖に帆掛け船と松を配した十三湖の風景。特殊なガラスを二重、三重に用い、水面に微妙な色を出す、特有の技法を確認して、うなった。もともと日本画家だった小川三知の技量に「日本でここまで細かい表現をしたステンドグラスはない」と思った。風呂場の二面の窓には、カワヤナギで羽を休めるカワセミとアヤメ。魚を狙うようなカワセミの鋭い目つきに、その下に川が流れていることを連想させる作者の意図を感じ取った。

横浜市在住。元々は日本海事新聞横浜支局の記者だった。神奈川新聞で街の話題を紹介するコラムも担当していた1987年、横浜市開港記念会館で大きなステンドグラスに出会った。これがきっかけで、日本にヨーロッパの技法を紹介した宇野澤辰雄(1867~1911)や、米国式の技術を持ち込んだ小川三知らを知る。ステンドグラス史研究がライフワークになった。

 北海道から鹿児島まで計400点近い作品を見て回った。小川三知は、明治44(1911)年から昭和14(1939)年にかけて、各種会館や旅館、個人邸宅、船舶などに約170点の作品を手がけていた。復元された慶応義塾図書館をはじめ、旧鳩山一郎邸などに現存する約40点を全て見た。中でも宮越邸の3点は、「初めて見た時に小川三知の最高傑作だと直感しました」。

 「詩夢庵」は、宮越家の第9代当主の正治さん(1885~1938)が1920年に建て、小川三知にステンドグラスの制作を依頼した。正治さんは漢詩をこなし、妻イハさんはアララギ派の歌人。当時、宮越家は東京・中野に別邸を持っていて、画家や作家ら多くの文化人と交流を深めていた。「宮越夫妻の高雅な気風と、脂が乗り切っていた時期の小川三知の真摯(しんし)な志が掛け合わさった作品だと思います」

 宮越家とはひんぱんに手紙のやりとりを続けた。かつて別邸があった中野の地番を、新宿区役所で確かめると、その成果をすぐに伝えた。恵美子さんからリンゴが届くと、礼状はリンゴの絵手紙で返した。そうした積み重ねが全幅の信頼関係につながり、宮越家の良きアドバイザーに。現当主の寛さん(62)は「父が亡くなったあとも、新しい発見があると、『宮越さん、わかったわよ』と、そのたびに手紙やメールをくれました。一番頼れる人です」と話す。

 町は今月、宮越邸の離れと庭園を試験的に一般公開した。保存に留意し、観賞場所の指定などの助言をした。浜館豊光町長は「田辺さんの小川“愛”は素晴らしい。宮越家作品の客観的評価を直接うかがったことや、作品を残すことへの町としての立ち位置など教示いただいたことに感謝しています」という。町内外から多くの人が訪れ、「すごい」と驚嘆の声があがる。そのかたわらで「焦らず、じっくりじっくり、いつかは公開されると信じていました。寛さんが決断してくれたことがうれしい」とほほ笑んだ。

出典:朝日新聞

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